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神戸地方裁判所 昭和33年(ヌ)51号 決定

債権者 西播金融株式会社

債務者 株式会社湊川鉄工所

主文

本件強制競売の申立を却下する。

申立費用は、債権者の負担とする。

理由

本件申立の趣旨と理由の概要は、「債権者は、債務者に対し昭和三十二年九月三十日金三十八万円を貸し付け、その返済期日は、昭和三十五年九月三十日であり、ただし、債務者は、右期日前に他債務のため差押、仮差押、仮処分等を受けたときは、期限の利益を失い、即時残債務全額を皆済しなければならない約束になつていて、右契約内容は、神戸地方法務局所属公証人前田多智馬作成第一万一千三百四十六号金銭債務弁済契約公正証書に記載されたのであるが、債務者は、当庁昭和三十三年(ヌ)第四八号事件の同年六月三十日付強制競売手続開始決定に基きその所有不動産の差押を受け、その競売申立記入登記が神戸地方法務局兵庫出張所同年七月二日受付第一一、七六六号をもつてなされているので、右金三十八万円の債務につき期限の利益を失つたものと考えられるから、その支払にあてるため、前記公正証書の執行力のある正本に基き、債務者所有にかかる別紙(一)目録記載の不動産の強制競売を申し立てる次第である。」というにあつて、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

記録に編綴されている本件強制競売申立の基本たる債務名義である前掲公正証書の正本によると、同証書の記載内容は、別紙(二)のとおりであることが認められるが、これによれば、債権者は、債務者に対し昭和三十二年九月三十日金三十八万円を貸し付けたということで(第一条)、その返済につき昭和三十三年三月六日右証書の作成を嘱託し(前文)、返済期限を一応昭和三十五年九月三十日と定め(第二条)、ただし、債務者において「他債務の為差押仮処分公売処分を受け又は競売破産和議の申立を受けたるとき」は、期限の利益を失い残債務全額を即時完済すべきものと約定され(第四条第一号)、なお債務者は、債務不履行の場合直ちに強制執行を受けても異議がない旨の意思を表示した(第六条)ことが明らかである。次に、やはり本件記録編綴の登記簿謄本によると、本件競売申立の対象となつた別紙(一)目録記載にかかる債務者所有名義の不動産に対しては、当庁がさきに昭和三三年六月三〇日やはり本件債権者の申立に基き強制競売手続開始決定をなし、その申立記入登記が神戸地方法務局兵庫出張所同年七月二日受付第一一、七六六号をもつてなされたことが認められる。

そこで以上の事実から形式的に考えると、債権者の主張するとおり、債務者は、その財産を他債務のため差し押えられたので、右執行証書記載の失期約款により同証書表示の債務金三十八万円の全額につき既に期限の利益を失つたものといえそうである。しかし当裁判所は、なお仔細に検討を加えた結果左のとおりこの点を消極に解するのが正当であるとの結論に到達したものである。

前述のとおり当庁が本件債権者の申立に基き別紙(一)目録記載の不動産に対し強制競売手続開始決定をなしたのは、昭和三十三年(ヌ)第四八号事件においてであるが、同事件の記録(もし本件の申立が正当であれば、民事訴訟法第六百四十五条により更に競売手続開始決定をすることなく本件申立を同事件の記録に添付しなければならない関係にあるので、右記録の内容は、当然本件申立の当否を審理するについての資料としても妨げないものと考える。)に編綴されている公正証書の正本によれば、同証書の記載内容は、別紙(三)のとおりであることが認められるのであつて、これによると、債権者は、債務者に対し昭和三十二年九月三十日別口の金十二万円を貸し付けたということで(第一条)、本件の債務金三十八万円の場合と同じ日である昭和三十三年三月六日、右金十二万円の返済につきこの公正証書の作成が嘱託され(前文)、債務者において昭和三十二年十月以降毎月末日限り六回にわたり二万円ずつ返済すべく(第二条)、右分割払を一回でも怠れば期限の利益を失い残債務全額を即時支払うことと定められ(第四条第一号)、なお債務者は債務不履行の場合直ちに強制執行を受けても異議がない旨の意思を表示した(第六条)ことが明らかである。ところで右昭和三十三年(ヌ)第四八号事件の申立書によると、債権者は、債務者が前記十二万円の債務につき昭和三十三年四月十八日までに合計九万円を支払つただけで、残額三万円の支払をしないと主張していることが認められるから、右公正証書の作成が嘱託された同年三月六日当時であつても、債務者が債権者に支払を終えた金額は、右金九万円を超えておらぬものと推認せざるを得ない。しかるに一方右証書の記載に照らすと、同年月日までに履行期の過ぎた債務額は、既に十万円に達していることが計数上明らかであるから、債務者は、既に分割弁済を怠つた結果期限の利益を失い、残債務のため何時その財産を差し押えられるかも知れないと認識しながら、右証書の作成を嘱託したということになる。(当裁判所は、右証書の債務名義性は疑問であると思うが、(当裁判所昭和三十二年五月十四日決定・下級裁民集第八巻五号九四六頁以下参照)債務者の認識自体は、右のとおりであつたと考えるのが相当であろう。)そして、本件の債務名義たる執行証書も、やはり同日である昭和三十三年三月六日に作成が嘱託されたものであることは、前述のとおりであり、証書の番号によると、この証書の方が先に作成を嘱託されたものと認めることはできない。しかも右証書の記載内容に照らし、金三十八万円の債務の返済に関する約定自体も、右金員の授受があつた昭和三十二年九月三十日ではなく、証書作成の嘱託に際してなされたものと解するのほかはない。この点については、分割弁済の期日を数回過ぎた後に作成が属託された体裁になつている前示債務金十二万円の返済に関する公正証書の場合と必ずしも同一に論ずる必要はないであろう。

そこで右に述べた諸般の事実を綜合し、かつ、本件の債務名義たる執行証書記載の失期約款を形式的に読むと、債務者がさきに債権者から借り受けた金三十八万円の返済について右両名間に昭和三十三年三月六日成立した契約内容は、かなり奇妙なものといわなければならない。すなわち、債務者は、債権者に対し右金三十八万円を一応昭和三十五年九月三十日までに返済すれば足りるのであるが、債権者に対するものをも含めて「他の債務」のため債務者の財産が差し押えられると期限の利益を失うこととなつており、しかも、そのように約束した時には既に債務者が債権者から履行期の到来した別口の債務を負担していて、債権者さえその気になれば、何時右債務のため財産の差押を受けるかも知れないと債務者自身すら認識していたということになるのである。かような契約も、理論上あり得ないわけではなく、また、これをあながち無効と断じ去ることも当らないであろうが、その内容がかなり不合理なものであることは疑ない。それは、ひとえに本件執行証書記載の失期約款にいわゆる「他の債務」の意味を右のように広く解することに由来するものである。元来失期約款は、契約当時にあつては確実に予想することのできない不信用の事由が債務者側に生ずる場合に備えて定められるのが通常であり、本件執行証書のそれについて特に例外的に考える必要はない。それ故、同証書記載の失期約款には一応「他の債務」とだけあつて、債務者がいかなる債務のため差押等を受けた場合に期限の利益を失うのか、その範囲を特に限定する文書は見当らないけれども、右にいわゆる「他の債務」の中には、同証書作成嘱託当時既に債務者が債権者に負担しているところの履行期の到来した他の債務は含まれないと認めるのが、最も契約当事者の合理的意思に合致したところの妥当な解釈と信ずるのである。

右のように考えると、債務者が本件の債権者が申し立てた当庁昭和三十三年(ヌ)第四八号強制競売事件において別紙(一)目録記載の不動産を差し押えられたことは、本件執行証書に記載された返済期限の利益を失う事由とならぬものと断ずるほかはない。そして、他に期限の利益喪失の事由があつたことは、債権者において何も主張、立証するところがないのである。

してみれば、債権者が本件強制競売申立の基本として援用する債務名義たる前記執行証書に表示されている請求権は、その履行期が昭和三十五年九月三十日であつて、未到来といわなければならないから、民事訴訟法第五百二十九条第一項により、右申立に基き強制執行を開始することは、許されぬものと断ずべきである。よつて、本件の執行申立を却下することとし、なお、申立費用につき同法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

別紙(一)

目録

神戸市長田区神楽町二丁目二番地上

家屋番号 一番の五

木造瓦葺二階建事務所及び作業場 一棟

建坪 八十四坪

二階坪 二十一坪六合六勺

附属

木造瓦葺平家建便所 一棟

建坪 三坪

別紙(二)

第壱萬壱千参百四拾六号

金銭債務弁済契約公正証書正本

本職は後記当事者の嘱託に依り昭和参拾参年参月六日公証人前田多智馬役場に於て左記法律行為に関し嘱託人の陳述を聴き之を録取して此証書を作成す

法律行為の本旨

第壱条 債権者西播金融株式会社は昭和参拾弐年九月参拾日債務者株式会社湊川鉄工所に対し左記金員を貸与し債務者之を受領したるにより以下条項の通り其弁済を約したり

一金参拾八万円也

第弐条 本債務の弁済期日を昭和参拾五年九月参拾日と定め債務者は同日限り債権者方へ持参支払うものとす

第参条 本契約に要したる費用並に契約不履行により要すべき費用は全部債務者の負担とす

第四条 債務者左記各号の壱に該当する理由あるときは何等の手続を要せず期限の利益を失ひ即時未済債務全額を皆済するものとす

一、他債務の為差押仮差押仮処分公売処分を受け又は競売破産和議の申立を受けたるとき

一、会社の合併解散ありたるとき

一、死亡失踪刑罰長期旅行其他身分上の変動ありたるとき

一、本契約に違背し債権侵害と認むべき不信用の行為ありたるとき

第五条 債務者は本債務の弁済を遅滞したるとき又は前条期限の利益喪失のときは其翌日より完済に至る迄年参割六分の割合を以て債権者へ損害金を支払ふものとす

第六条 債務者は本契約に基く債務不履行の場合直に強制執行を受くるも異議なきものとす

本旨外の要件

竜野市竜野町上川原九八番地

債権者 西播金融株式会社

同市揖西町尾崎壱弐八番地

右法律上代理人

代表取締役 山田耕作

明治参拾壱年五月六日生

竜野市揖西町北山壱〇番地

会社員

右代理人 猪沢昭夫

昭和九年六月弐拾日生

右の者は本職其氏名を知り且面識あり

右者登記簿抄本及び印鑑証明書各壱通を提出して法律上代理権並に委任状の真正なることを証明したり

右印鑑証明書は当役場備付第九八参五号公正証書原本に編綴しあるを以て之を援用す

神戸市長田区神楽町弐丁目弐番地

債務者 株式会社湊川鉄工所

同市長田区五位の池町弐丁目壱九番地の壱

右法律上代理人

代表取締役 吉田勇

明治参拾参年九月弐拾七日生

揖保郡林田町松山六参七番地

会社員

右代理人 森重基次

昭和拾年拾月拾四日生

右の者は本職其氏名を知り且面識あり

右者登記証明書及び正規の印鑑証明書各壱通を提出して法律上代理権並に委任状の真正なることを証明したり

右印鑑証明書は当役場備付第壱壱参四四号公正証書原本に編綴しあるを以て之を援用す 此証書を列席者に読聞かせたるに一同

之を承認し各自左に署名捺印したり

猪沢昭夫

森重基次

兵庫県姫路市福中町五九番地

神戸地方法務局所属

公証人 前田多智馬

別紙(三)

第壱万壱千参百四拾四号

金銭債務弁済契約公正証書正本

本職は後記当事者の嘱託に依り昭和参拾参年参月六日公証人前田多智馬役場に於て左記法律行為に関し嘱託人の陳述を聴き之を録取して此証書を作成す

法律行為の本旨

第壱条 債権者西播金融株式会社は昭和参拾弐年九月参拾日債務者株式会社湊川鉄工所に対し左記金員を貸与し債務者之を受領したるにより以下条項の通り其弁済を約したり

一金 壱拾弐萬円也

第弐条 本債務の弁済は分割弁済の方法によるものとし昭和参拾弐年拾月末日を始めとし六回に亘り毎月末日金弐萬円也宛を債権者方へ持参支払うものとす

第参条 本契約に要したる費用並に契約不履行により要すべき費用は全部債務者の負担とす

第四条 債務者左記各号の壱に該当する理由あるときは何等の手続を要せず期限の利益を失ひ即時未済債務全額を皆済するものとす

一、第弐条記載の分割金の支払を壱回にても怠りたるとき

一、他債務の為差押仮差押仮処分公売処分を受け又は競売破産和議の申立を受けたるとき

一、会社の合併解散ありたるとき

一、死亡失踪刑罰長期旅行其他身分上の変動ありたるとき

一、本契約に違背し債権侵害と認むべき不信用の行為ありたるとき

第五条 債務者は本債務の弁済を遅滞したるとき又は前条期限の利益喪失のときは其翌日より完済に至る迄年参割六分の割合を以て債権者へ損害金を支払ふものとす

第六条 債務者は本契約に基く債務不履行の場合直に強制執行を受くるも異議なきものとす

本旨外の要件

竜野市竜野町上川原九八番地

債権者 西播金融株式会社

同市揖西町尾崎壱弐八番地

右法律上代理人

代表取締役 山田耕作

明治参拾壱年五月六日生

竜野市揖西町北山壱〇番地

会社員

右代理人 猪沢昭夫

昭和九年六月弐拾日生

右の者は本職其氏名を知り且面識あり

右者登記簿抄本及び印鑑証明書各壱通を提出して法律上代理権並に委任状の真正なることを証明したり右印鑑証明書は当役場備付第九八参五号公正証書原本に編綴しあるを以て之を援用す

神戸市長田区神楽町弐丁目弐番地

債務者 株式会社湊川鉄工所

同市長田区五位ノ池町弐丁目壱九番地の壱

右法律上代理人

代表取締役 吉田勇

明治参拾参年九月弐拾七日生

揖保郡林田町松山六参七番地

会社員

右代理人 森重基次

昭和拾年拾月拾四日生

右の者は本職其氏名を知り且面識あり

右者登記証明書及び正規の印鑑証明書各壱通を提出して法律上代理権並に委任状の真正なることを証明したり

此証書を列席者に読聞かせたるに一同

之を承認し各自左に署名捺印したり

猪沢昭夫

森重基次

兵庫県姫路市福中町五九番地

神戸地方法務局所属

公証人 前田多智馬

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